自分を犠牲にしない生き方

「より少なく、しかしより良く」

遊ぶために勉強する

 僕は勉強しているときに、自分が偉いとか頑張っているなどという気持ちにはならない。どうしてかというと、いまやっていることは全部自分のためだからだ。

 これをやっておけば楽に成果が出て、その後の時間は思いっきり遊ぶために使える。だからやっている。しかも、学んでいる内容は自分が興味を持って知りたいことだから、やっていて苦にならない。

 それに対して、勉強が苦しいとかめんどくさいという人は、頑張れば今の苦しい状況が楽になると信じてやっている。でも、やってもやっても一向に楽にならない。

 足りないものは補いながら、色々な知識を持っているのに、どうしてうまくいかないのか? それは勉強そのものが目的になっていて、もっと大きな自分自身の目標を見失っているからだ。

 自分がうまくいっているという実感がないから、周りがいいというものを片っ端から取り入れる。この分野はこの本、あの分野はこの本と、勉強するたびに違う考えを持った本を読んでいる。これでは、内容をじっくりと身につける時間がない。表面的なことは知っていても、実際にやったことがないので体に身につかないのだ。

 まずは、これだ!という本や著者をひとつだけに絞ってみる。最初から最後まで声に出して読む、手帳に内容を書き写してみる、ブログに思ったことをアウトプットしてみる。

 とにかく知っていることを行動を通して身につけるのだ。そうすれば、きちんと学んだことが身についている実感を感じることができるし、成果も少しずつ出てくるだろう。

 最終的には自分がもっと極めたい、知りたいという分野にたどり着くはずだ。知ること自体が新しい発見で、遊びと仕事の垣根も無くなってくる。